ものがたり

会社案内

現社長が小学校の頃、横浜反町での博覧会へ父親に連れて行かれ、間組の仕事で鉄塔を構築した。笹下の人達の応援を頼み完成した。私も幼心にすごいな〜と思った。また、中学校の頃鎌倉の銷大師の本堂の天井を尾州の桧で施工もした。

中学校卒業後、夜学に通いながら高卒の兄と一緒に親父に弟子入りをした。
親父が墨付けをし、兄弟でドリルをつかって穴を掘り、木材を刻んだ。

住宅、店舗、お寺、洋光台3丁目、薬王寺、又、氷取沢の宝勝寺の屋根替え、草葺から銅板葺に、内陣も丸柱を建て紅梁も、彫刻師に彫らせ、燗間も納めた。鐘桜堂も新築し、刻みは私たちが施工した。その後兄は土木、擁壁、造成、基礎工事、私は建物と分業で進める様になった。親方(父 巳之助)はなかなか仕事を教えてくれず、職人に仕事を教えてもらう。仕事は教わらず盗めというのが口癖であった。大工の職人が3〜4人常備するようになると見積り、打合せで忙しく動き始める。兄も社長代理で現場から離れ管理職に、土木・建築とも私が見るようになる。近所の笹下地域のお客様、又、紹介で仕事も増え、会社として経営するようになり、年間仕事も切れる事なく進んでいきました。

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社長他

  • お客様の立場になり創ることに専念。

金子
  • 在来木造が軸だがRC、鉄骨工事も手掛けた。
  • 民間工事のみ行ってきた。
  • 木造工法も軸組をはじめ、クレテック金物、SE工法、エアブレス工法等多数の工法を取り入れていた。
  • 外材、集成材も使用していた。
  • お客様の立場になって使い分けをしていた。
  • 協力業者の現在の体制もこの時期より確立されてきたのではないかと感じる。